弘法筆を選ばずとは言うけれど、紙(支持体)はこだわると良いかもしれない

一生懸命塗ったのに何か仕上がりがしっくりこない。なぜか理想の塗りにほど遠い。このような場合には、紙(支持体)を見直すとよいのかもしれません。私は水彩紙から土佐麻紙と呼ばれる和紙に乗り換えたことにより、以前よりもさらに理想の塗りに近づくことができました。

今回は紙選びの話です。

一口で「紙」と言っても種類豊富な支持体の世界

「白って200色あんねん」とは言いますが、驚くべきことに、もしかしたら水彩紙や和紙にもそれくらい種類があるのかもしれません。

まず一口に「紙」といっても、モノによってそれぞれ成分や製造工程、産地や厚みなどが異なります。そしてその差異によって、異なる名前が付けられています。

例えば水彩紙。水彩紙はざっくりと2種、パルプ紙(木材パルプ)とコットン紙(コットンパルプ)に分類されます。

高級紙で知られるアルシュはコットン紙。上の写真にあるエキストラホワイトもコットン紙です。モンバルキャンソンとアルビレオはパルプ紙。使い手の多いワトソンはそれらの中間、つまりコットンとパルプの混合紙とされています。

この中だとエキストラホワイトが一番好きです。今度別記事で水彩紙ごとの塗り心地の違いをまとめようと思います。

もちろん和紙の世界も水彩紙と同じくらい(もしかしたらそれ以上に?)奥が深いものです。手漉きか機械漉きか(※)。楮が何割か、麻が何割か。産地は。ドーサ引き済みなのか、それとも生なのか。
※水彩紙にも手漉き/機械漉き/半機械漉きの差はありますが、和紙ほど意識されないイメージが勝手にあります。なぜだろう。

私の出身地・岐阜が誇る「美濃紙」は薄く繊細で丈夫が故、障子などにも使われます。薄口の美濃紙は、日本画の支持体を補強するための裏打ち紙としても多々使用されるそうです。

たとえ同じ水分量の同じ色を同じ筆運びで紙に乗せたとしても、紙が異なれば滲み方や発色が変わって見えるので、紙選びにこだわることは画力磨きと同じくらい重要なのではないかと思います。

理想の画面作りを考える

私は今の画面作りにまだ満足していません。常々、(自身の画力的な課題以外にも)画材やセオリー通りの技法の何を用いるかを変えることで何か新しい発見を得られるのではないか?と考えていました。

私の目指す画面作りとは具体的に、これらの3要素を満たすことです。

  1. 白亜地または現代日本画のような凹凸の少ない画面に仕上げること
  2. 重ね塗りによって生まれるくすんだ不透明な色合いを表現すること
  3. ペンまたは墨による線画があるものの、線画の主張が出すぎないこと

これらを表現するためには、理想通りの質感を持つ耐久力の優れた紙を探す必要がありました。

紙探しに至る前は、絵具の考察もしました。

細目の水彩紙の紙目すら理想的ではなかったので、アクリルのようなカバー力のある絵具を使うのも一つの方法ではないか……ただしアクリルにはかなりの苦手意識がある。とはいえ油絵は準備が大変(一日に何時間も描く時間を確保できるわけではないため、画材の身軽さは最も重視すべきポイントです)。

そこで選んだのがアキーラでした。アキーラはなかなか塗り心地がよく、気が済むまで重ね塗りできるのが魅力的でした。ただ、くすんだ感じを出すためにはある程度最初から混色しなければいけない点と、画面に光沢感が生まれる点が使いこなせず、理想一番とはなりませんでした。↓

ホワイトワトソンにアキーラ(2023)

水彩紙から和紙へ。土佐麻紙を選んだ理由

紙目が極めて細くかつ重ね塗りに高い耐性がある水彩紙は、先述のエキストラホワイトとアルシュ極細目300gしか見つけられませんでした。

もちろん素直にエキストラホワイトやアルシュ極細目300gに落ち着く手もありました。これらは描きやすくてお気に入りの紙でもありますから。しかしここまで来るともう意地。意地でも未知の画材と「新たな出会い」をしたいわけ。

ここでふと数年前に展示会で見た作家さんで、たしか吉祥麻紙を支持体に顔彩で描いていた方がいたことを思い出しました。あの作家さんは顔彩を細密着彩のように写実的に塗り込む画風で、凹凸の引っ掛かりのないさらりとした質感の紙を使っていたのです。

「これだ!!」と思い早速吉祥麻紙を探したのですが、どうやら数年の間に廃盤となってしまった模様。しかし理想の紙=和紙であると知った私の脳内のマリーアントワネットが(史実ではマリー王妃ではないらしいのですが)こう囁きました。「吉祥麻紙がないなら、ほかの和紙を探せばいいじゃない!」

和紙の特徴をまとめたサイトとTwitter上の口コミを参考に、かつ自分の懐とも相談してひとまず候補を「雲肌麻紙」「準雲肌麻紙」「土佐麻紙」の3つに絞り込みました。

  • 雲肌麻紙・・・和紙界のアルシュ。高価。
  • 準雲肌麻紙・・・その雲肌麻紙を倣って作られた廉価版の。ちょっと悪い口コミが目立つのが不安。
  • 土佐麻紙・・・雲肌麻紙と比較して価格が安いものの耐久性が高い。厚塗り向け。

比較的安く、かつSNS上で実際に土佐麻紙を使用している作品を複数確認できたこともあり、今回は土佐麻紙を選ぶことにしました。

和紙選びで参考にしたサイト:

https://kiya.ehoh.net/sample/paper.html

↑こちらは土佐麻紙に水彩と顔彩を用いて製作中の絵。まだ下塗り段階ですが、紙の凹凸もなく、理想のつるりとした質感です!!

紙も噂通り耐久性が高く、がつがつ塗っても問題ありません……が、ここで悲報です。たぶん裏表逆にして水張りしたっぽいです。そんなことある?

雲肌麻紙や土佐麻紙はどうやらツルツル面が表らしい。なんかめっちゃザラザラしとるが……。塗れないことはないし、敢えて裏表逆にして塗る画家さんもいるようなので、これはこれで良しとしましょう。

「紙が風邪を引く」と呼ばれる現象について

これは3年ぶりに描いた水彩イラストです(ホワイトワトソンに透明水彩とコピック)。

紙は3年以上前に購入したまま適当に放置していたホワイトワトソンを使いました。一見何の不具合もないように見えるかもしれません。

ですが、よく見てみると画面の至るところに黒いポツポツが浮き上がっています。これは水彩紙の表面に施されているにじみ止めが紙の経年劣化や湿度によって劣化したため起こる現象です。よく「紙が風邪引いてる」と表現します。このような色のにじみムラや色素沈着のような色の沈みに悩まされている絵描きさんは多いのではないでしょうか。

このように色の乗りに違和感があったり画面が綺麗に仕上がらなかったりする場合は、紙の健康状態を確認すると良いかもしれません。紙は意外と湿気に弱いものです。長期間保存する場合は袋に乾燥剤を入れたり、マルチサイジング液で表面を補強したりするのが効果的です。

水彩紙も和紙も1枚で安くたくさん取れるロール紙がお得ですが、たくさん取れるが故に使い切るまで数か月から数年かかることがあります。ともすればより一層しっかりとした湿気対策が必要そうです。今回、ちょっと奮発して土佐麻紙をロールで購入したので、最後までよい状態で使えるように保存方法も考察してみたいとところです。